自由生産者会議 設立趣意書

はじめに

 昨今のアナキズム・リバタリアン運動の高揚には目を見張るものがある。このような情勢を鑑みて、リバタリアンにして農学徒である私(鍬形)は、リバタリアン社会における一次産業のあり方について議論・行動するグループの必要性を痛感してきた。この必要性は、おもに従来のアナキズム・リバタリアニズムの欠陥に由来するものである。本稿では、まずこの欠陥が具体的にどのようなものなのか述べ、それを受けてあるべき運動体の姿を提示し、それを実現するものとして「自由生産者会議」の設立を宣言する。また、その活動や会員の資格についても記述する。

従来のアナキズム・リバタリアン思想の欠陥

 従来のアナキズム・リバタリアン思想における最大の欠陥は、まともな一次産業論と言えるものが存在しなかったことにある、と私は考える。なるほどアナキズム・リバタリアニズムの「本場」である欧米では、一次産業に関してもこれらの立場から詳細な検討が行われているのかもしれない。だが、仮にそうであったとしても、一次産業はその土地の風土に依存する側面が強いため、欧米の議論を日本にそのまま応用することはできない。あくまで日本の(より理想的には日本「国内」各地域の)一次産業論が必要なのである。それにも関わらず、日本では、このような理論形成が重点的に試みられてきたことはなかった(CiNiiでそれらしいワードを検索してもほとんど何も出てこない。関連書籍についても同様である)。

従来の農本アナキズムの欠陥

 とはいっても、こう反論する向きもあろう。戦前の「農本アナキズム」的思想家や団体(権藤成卿や農村青年社など)や戦後のそれ(有名どころだと三原容子の『農とアナキズム』など)の理論や実践は、まさにアナキズム・リバタリアン的一次産業論とその実装の試みにほかならないのではないか?
 確かにそのような見方は可能である。しかしながら、それはこのような一次産業論が完全であることを意味しない。私は、従来の「農本アナキズム」には、主に4つの問題点があると考える。
 1つ目は、経済学的・数理的な裏付けがないという問題である。一次産業を扱う農業経済学、森林経済学、漁業経済学、環境・資源経済学といった経済学の一群は、時には生態学や社会学、数学(統計学、ゲーム理論など)といった他分野の知見を借りながら、定量的な分析を駆使し、一次産業の生産と消費といった問題を実証的に、あるいは規範的に扱っていく。一方で、「農本アナキズム」論がこうした手順を踏むことはほとんどない。例えば、一部の「農本アナキズム」の主張として「各コミューンで自給自足」というものを見かけるが、それが可能であることをデータとモデルによって示した文献にはお目にかかったことがない。アナキズム・リバタリアン的な価値判断を踏まえた、実証的・規範的経済分析が、「農本アナキズム」に…というか、アナキズム全体に欠けているのである。
 2つ目は、現場の実感とズレがあるという点である。一次産業従事者や農学徒を捕まえて「アナーキーを望みますか?」と訊いてみれば、ほぼ確実にNoという返事が返ってくるだろう。国の農林水産業政策にいろいろ不満はあれど、政府無しでやっていけるとは到底思えない、ましてや「各コミューンで自給自足」なんて非現実的にもほどがある…こうした声が大多数だろう。一方で、「自己所有権の侵害を望みますか?戦争、徴兵、課税、暴力を望ましいものと考えますか?」と訊いてみれば、それなりに意見が割れそうである。つまり、アナキズム・リバタリアンの基本的な価値観に共感しながらも、アナキズム、とりわけ「農本アナキズム」が掲げる理想にはついていけないという層が一定数いるはずなのである。「農本アナキズム」は、この層の掬い上げに失敗していると言わざるをえない。
 3つ目は、排外主義、右翼、カルトと親和性を持つ場合があるという問題である。何度もこの例を挙げて申し訳ないが、「各コミューンで自給自足」という思想は、おのずと内向きな共同体への愛着を惹起し、容易に排外主義、右翼、カルトと結びついてしまうだろう。その帰結が参政党、農本ファシズム、ヤマギシ会ではないだろうか。もちろん各共同体の伝統と文化は無視されるべきではないが、アナキズム、リバタリアン思想は労働者階級/資本家階級、負税階級/課税階級といった、「ウチとヨソ」の枠を超えた階級闘争を基盤とするべきであり、共同体の「ウチとヨソ」意識に基づく「右翼的」傾向とは決別すべきである、というのが私の考えである。
 4つ目は、農業以外の一次産業が無視されがちという点である。林業・漁業が「農本アナキズム」の文脈で語られることはほとんどない。林政学を専攻する予定の私としては看過できない点である。
 2つ目と3つ目は私の経験則に基づく想定だが、それほど現実とかけ離れたものではないだろう。

設立の意義と活動について

 以上の点を踏まえて、これからのアナキズム・リバタリアン運動に資する運動体像を見てみよう。
・アナキズム、リバタリアン思想の立場から一次産業全般を扱う。
・研究活動に関しては、数理経済学的分析とアナキズム・リバタリアン的価値判断を組み合わせ、望ましい一次産業像について考えることをメインに据える。
・実際の運動については、上述の研究活動で得られた結論やその論理を一般に普及したり、可能な限りにおいて実装してみること、組織の勢力を拡大することなどがメインとなる。
・現場と理論のズレを防ぐため、可能な限り一次産業従事者が組織の主要な立場を占めることが望ましい。
以上の活動を行う運動体として、ここに「自由生産者会議」の設立を宣言する。
 とはいえ、上の記述は理想である。実際の一次産業従事者は忙しくてなかなかこんなことには関われないだろうし、アナキズム・リバタリアン的文脈での一次産業分析は未開拓の領域であり、今すぐ「リバタリアン的にはこうすべき」と言えるほどの成果はほぼないため、実際には上述の活動を今すぐ行うのは難しい。しばらくは、アナキズムやリバタリアン運動と一次産業というイシューになんとなく興味がある人たちで集まり、各種思想や経済学についてみんなで勉強しつつ、組織拡大を図り、できれば身近な自己所有権侵害の問題に取り組むという形になるだろう。

会員の資格に関して

 会員の資格は、「農林水産業の関係者であること」とする。前節で述べたとおり、将来的には一次産業従事者が組織の中核となることが望ましいのでこのような条件を設けたが、農林水産学徒・学者、各種協同組合の職員、国家の中にあって国家の消滅を図る農林水産省内の「危険分子」(いるのかどうかは知らないが)を排除する理由はないので、いずれも歓迎する。その他の場合については、その都度判断する。会員の資格を判断するプロセスも含めて、各種規約については、人がある程度集まってから決めるものとする。

さいごに

 以上の文章をざっと読んで(長いので全部読む必要はない)、興味があるという人は、ひとまず私のメールアドレス(kuwagatatakeshi@tutamail.com)に連絡をくださるとありがたい(そのうちnoteやXのアカウントも作るので、そっちで連絡してくれてもOK)。散々「農本アナキズム」をこき下ろしたが、別に「権藤成卿の読書会をしたい」とかでもOKなので、気軽に連絡ください。

2026年2月7日
(鍬形毅)