アメリカ右派リバタリアンのオールド・ライト的ルーツ

 リバタリアンの歴史、特にアメリカの右派リバタリアンの歴史は奇妙である。現代において、「リバタリアン」といえばアメリカ由来の新自由主義という理解がよくなされるが、アメリカ右派リバタリアンはリバタリアン思想史の中では奇妙な位置にいる。本稿では、右派の歴史を概説するが、まず「元祖」リバタリアンのルーツを確認する。

 1857年にアナキスト共産主義者のジョセフ・デジャックがプルードンに対して「あなたはリベラルであってリベルテール(※リバタリアンのフランス語)ではない」と告発したとき、リバタリアン思想は明示的に語られるようになった。翌年、デジャックはアメリカで「ル・リベルテール le libertaire」を発刊した。この機関紙はフランス語で書かれていたため、多くのアメリカ人に拡散されることはなかったとされるものの、市場アナキストとも評されるベンジャミン・タッカーが遅くとも1887年にはリバタリアンlibertarianの語を用いていることから、まったくの無影響とは断言できないだろう。その後もアナキスト系読書サークルの「リバタリアン・リーグ」が1950年代に存在したことからも分かるように、アメリカでは本来リバタリアンと言えば社会主義者やアナキストを指し示す単語であった。

 なお、ヨーロッパにおいてはこの傾向はさらに顕著であり、スペイン内戦ではリバタリオlibertario(※リバタリアンのスペイン語)を冠する民兵組織の存在や、何度かの断絶を経て20世紀後半までフランスで刊行された「ル・リベルテール」が確認されている。さらに、日本においても1980年代ごろまでは、リバタリアンやリベルテールはアナキストや社会主義者の用語だったことが機関誌『アナーキ』、『リベルテール』などから明らかになっている。

 上記のように、微塵も「右派」の要素がなかったリバタリアン思想はなぜアメリカで変質したのだろうか。諸説あるが、ここでは1960年代ごろから古典的自由主義者が使用し始めたとされる、いわば、オールド・ライト(旧右翼)のルーツを検討してみよう。アメリカにおけるオールド・ライトは19世紀後半にはその存在を確認できる。小さな政府・非干渉主義・エリート主義・州権主義・実業家・白人志向を特徴とし、おおよそジャクソニアン・デモクラシーに準じていると見てよいが、大衆教育に対する嫌悪感がその差異と言えるだろう。オールド・ライトが「オールド」たる所以は、ニューディール政策への反動と、第二次世界大戦後の共和党内でのニュー・ライト(そしてネオコン)の台頭が考えられる。20世紀初頭、アメリカは進歩主義の時代に突入し、あらゆる社会改良が試みられるようになった。第一次世界大戦後の恐慌によって連邦政府による公共事業が叫ばれるようになり、ルーズベルト大統領は司法の「妨害」を政治的に解決しながら、連邦政府の権力を高めていった。一方の共和党は、本来、連邦主義の政党だが、民主党内の進歩派(おおむね社会リベラル派)が台頭するにつれて次第に19世紀の民主党のような小さな政府志向へと転換していく。この転換を支えたのが従来の右翼(オールド・ライト)とは異なるニュー・ライトである。ニュー・ライトは拡張政府・干渉主義・連邦主義・反共主義を顕著な特徴としており、オールド・ライトとは質的に異なる。共和党はオールド・ライトからニュー・ライト的な思想に転換しつつあり、具体的には、ウィリアム・バックレーJr.率いる社会保守主義が著名である。1969年、共和党の実質的な青年部である「自由を求めるアメリカ人(YAF)」もバックレーの影響力が強まっており、YAFのセントルイス大会にて右派リバタリアンが徴兵制反対への抗議のために徴兵カードを燃やしたところ、右派リバタリアンはYAFと共和党から一掃され、独自の組織形成を志向するようになった。ここでの右派リバタリアンこそが(玉石混交だったとは言え)概ねオールド・ライトの残党・末裔と言える存在である。彼ら右派リバタリアンはニューディール政策にも、ニュー・ライト(あるいはネオコン)的な干渉主義にも反対した。以上のように、アメリカの政治的潮流の変化(進歩主義の勃興と拡張政府・干渉主義への傾倒)が、守旧的なオールド・ライトを右派リバタリアンへと転換させたと言えよう。

 しかし、なぜオールド・ライト(とその末裔)は「リバタリアン」の語を自認したのか。上述のように、アメリカにおいても「リバタリアン」は概ね左巻きの概念であった。人口に膾炙している説は、社会民主主義者に「リベラル」の語を盗られたので仕方なく名乗り始めたというものである。本来、「リベラル」は人々の私生活にはあまり干渉しない思想とされていたが、20世紀初頭の進歩主義の時代に「ニュー・リベラリズム」が流行する等、社会改良的かつ国家主義的なものへと変化していた。そして、いつしか「リベラル」は社会自由主義者を指すものになったというところである。これを意識的に唱導した人物としてディーン・ラッセルが挙げられる。彼は1955年にフリーマン誌で「誰がリバタリアンか」を発表し、古典的自由主義者に「リバタリアン」の使用を訴えかけた。その後、オールド・ライト(とその末裔)たちは右派リバタリアンへと自認を変化させたと言えるのではないだろうか。

 なお、右派リバタリアンの政治史は悲惨そのものである。新自由主義に改宗し、ネオコンに隷属し、アメリカ右翼内では常に傍流の逸脱者であった。根本的に、オールド・ライトは大衆憎悪が凄まじく、一部の限られたエリートが社会を動かしていると考える。彼らにとってアイン・ランドの『肩をすくめるアトラス』が聖典であり教義であるように、政府・大企業・実業家を擁護し続ける。昨今流行りのテクノ・リバタリアンもオールド・ライトの末裔者と認定してよかろう。彼らが政治的勝者になることはおそらくない。大衆抜きに社会は変革できないし、政府主導の社会変革は不正な上に失敗し続けるからだ。

 リバタリアニズムは自由意志を重んじる反政府・反大企業・親大衆の思想であり、オールド・ライトの敗北の軌跡を辿る必要はない。

(前川範行)