御堂筋1000人デモ

2026年7月19日に、私たちリバタリアン社会をめざす青年学生は大阪市内で開催された「高市よ、維新よ、“いのち”を奪うな!7.19反戦・反排外御堂筋1000人デモ」に参加しました。
高市政権は多くの国民の求めを無視して、国旗損壊罪、皇室典範改正、副首都法案、防衛費増大等の国家主義的事業に注力しています。また、昨今の国会運営については「問題ない」と言い放っています。当然に人々の生活や生命は放置されています。
この状況で私たちが主張すべきことは、「税金の使い方の変更」ではなく「課税制度の廃止」です。結局のところ、どのような政府であれ課税は強盗であり、強盗に依拠する経済体制は本質的に誰かを侵害することで成り立っています。世界中で起きている経済格差・戦争を止める最も根源的な方法は、政府廃止=課税廃止=戦争反対です。そして、強盗集団=政府の廃絶後、私たち人民は自己所有権を擁護する社会、リバタリアン社会を築き、政府の再発生防止に努めなければなりません。
8.6闘争
8.6闘争については「リバタリアン」No.25掲載の「2026年86ヒロシマ闘争報告」をご覧ください。
8月9日読書会 “Rothbard’s Time on the Left”
8月9日に東京都でジョン・ペイン氏の “Rothbard’s Time on the Left” ※1の読書会を行いました。この論文はマレー・ロスバードの新左翼との共闘期を紹介したものです。経済学的な考えがロスバードと新左翼では大きく異なることが指摘されていますが、1960年代前後に両者は共闘関係にありました。当時は学生運動の時代であるとともにベトナム戦争の時代であり、反戦運動が盛んでした。右翼内での論争と諍いによってロスバードは新左翼にシンパシーを感じ、反国家主義の点で共闘を模索し始めます。共闘関係は長くはつつきませんでしたが、リバタリアン思想史およびアメリカ政治思想史において、興味深い論文だと言えます。
読書会ではレジュメを担当者が用意し、それに沿って議論を行いました。参加者のコメントに、旧右翼と新左翼の連合とあったが本当に連合といえるのか、ロスバードの左翼時代といえるのかといった疑念や、リベルテールは無政府共産主義を指すものであって(英語での)リバタリアンはそうでないものを指しているのではないか等がありました。論文そのものは20世紀アメリカが中心ですが、リベルテール/リバタリアンの歴史に通ずる箇所があり、根源的な議論ができました。また、新左翼としてSDS(民主社会をめざす学生)が何度か取り上げられましたが、論文では特に言及がなかったものの、SDS内にもリバタリアンがいたことが話し合われました。
※1
Payne, John (2005), “Rothbard’s Time on the Left.” Journal of Libertarian Studies, Vol.19, No.1, pp.7-24.
8月10日読書会『国家の解剖』
8月10日に宮城県仙台市でマレー・ロスバードの『国家の解剖』の読書会を行いました。輪読形式で行い、国家の本性、国家と知識人の癒着関係について理解を深めました。
『国家の解剖』は短くまとまっており、読みやすいのですが、アメリカの政治文脈を把握していないとやや難解な箇所があるため、適宜担当者が解説を挟みました。
8月26日読書会「マルクス主義者よ、聞け!」
8月26日にマレー・ブクチンの「マルクス主義者よ、聞け!」※2の読書会を行いました。ブクチンはアメリカ生まれのアナキストであり、ミュニシパリズムの提唱者で、エコロジー思想家です。若い頃はアメリカ共産党系の共産青年同盟 Young Communist League に加入していましたが、ブクチンのトロツキズムの接近をきっかけに1939年に除名されています。その後は、労働運動へのコミットと離脱を経て、理論家としての側面を強めていきました。1969年になるとSDSに接触しましたが、SDSは毛沢東主義者やスターリン主義者で侵食されており、これらの権威的共産主義者を批判するために本論文を執筆しました。その後は、リバタリアン・ミュニシパリズム(自治体主義)を提唱し、環境問題にも取り組みました。
論文の要旨:マルクスやレーニンらの予想とは異なり、社会主義者らが目指していた財産の国有化をも資本主義は遂行し、労働者階級は革命から遠ざかり改良的になりました。ブクチンは「労働者対資本家」から「旧世代対新世代」の対立を強調しました。また、資本主義から共産主義への移行は階級社会から無階級社会への移行を意味するため、マルクスとは異なり、非階級的な階級=サブカルチャーが生まれると考えました。ブクチンによれば、勤勉な労働者は革命の主体にはなり得ず、規律になじまないアナーキーな若者が革命の主体だと考えました。革命党についてはブルジョワ国家同然の存在と認識していたため、「党の神話」に否定的でした。党に依拠せず、ボトムアップ的なアフィニティグループによる革命を是としました。つまり、SDSに対して加入戦術を行っていた毛沢東主義者・スターリン主義者集団の進歩労働党 PLP の存在を批難し、リバタリアン的手法を良しとしました。
レジュメ担当者による解説を済ませてから議論を行いました。SDSと共産主義者排除条項、ブクチンの運動への消極的なスタイルや「逆張り」的な傾向性、PLPに対して有効な対処法がとれなかったこと等、批判を交えながら90分ほど時間が経ちました。リバタリアンはその歴史を振り返ると、かなり多くの時間が権威的社会主義者らと闘争状態にありました。そして、ほとんどすべての場合、政治的・軍事的に敗北し続けてきました。反リバタリアン的な存在とどのように向き合うのか、そして、リバタリアン社会への移行時にリバタリアンはどのような組織を構築すべきかについて、示唆に富んでいたと思います。
※2
Bookchin, Murray (1971), “Listen, Marxist!” Post-Scarcity Anarchism. 鰐淵壮吾訳(1972)『現代アメリカアナキズム革命』ROTA社。
おわりに
強盗で得た資金によって人を殺傷する政府という制度そのものを廃絶するために、今後も私たちは国家主義者と闘います。また、新しく私たちの運動に参加する人を歓迎します。参加希望者は、下記のメールアドレスまで連絡ください。その際、(at)を@に書き換えてください。
ysls.libertarian(at)gmail.com
(リバタリアン社会をめざす青年学生)
