もしも知的財産制がなかったら:第1回 どのような世界になるか

*本記事は「リバタリアン協会(LS)」のnoteにて[022年5月1日 02:21]に公開されたものです。

「もしも知的財産制がなかったら:第1回 どのような世界になるか」(https://note.com/ls_jpn/n/n212bc2bad28a)より。

目次

  1. はじめに
  2. •  知的財産制がない世界はどんな感じか?
  3. ・知的財産制がない世界はどのようにしてあるか?
  4. ・仮想世界の(例えば)漫画はどのようにしてあるのだろうか?
  5. •   疑問
  6. ・一方で、知的財産制度がある世界ではどうだろうか?
  7. •  思考実験
  8. おわりに
  9. 参考
  10. 筆者紹介

はじめに

 本稿で私は、知的財産制度は廃止した方が良い、と主張したい。とはいえ、この主張はいかにも極論だと皆さんに思われるかもしれない。ただ皆さんが、ほんの少しでも知的財産制について考えるきっかけになれば、本稿の目的は達成である。

 もっとも、論理的な議論においては、森村進氏の先例があるのでそちらを参照していただくことにしたい『知的財産権に関するリバタリアンの議論』。この論文では知的財産制の擁護論と廃止論の両方が取り上げられているし、純粋に面白いのでおすすめである。(これさえ読めば、これ以下の文章は読まなくて良いレベルだと思う)。

 そこで、ここでは「もしも知的財産制がなかったら」という観点から仮想の世界を素描してみたい。ワクワクし、胸躍る世界を描けられれば成功である(もっともその技術は筆者に無いが)。私は、知的財産制が廃止されれば、制度的に創出された格差が是正され、多くの人が創作物を創出・利用できる豊かな社会が実現するだろう、と(楽観的にも)考える。

 最後に、知的財産制は現在では当たり前の存在かつ金銭・名誉が絡む問題である。それゆえ、知的財産廃止を口に出すと、その理由すら聞かず人格攻撃をされる可能性が高い(経験的に)のであるが、読者の皆様の寛大な心を信頼したい。

 ちなみに、現在の知的財産制に限界がある、というのは主流の考え方ではある。例えば、政府官邸は「知的財産戦略本部」で様々な検討を加えている。『デジタル・ネット時代における知財制度の在り方について』では、政府の考える著作権制度の問題点が簡潔にまとまっている(やや古い資料なので注意)。

 

•  知的財産制がない世界はどんな感じか?

 想像してみてほしい。(ほぼ)全ての漫画が無料で読めるし、映画も見放題、ゲームもフリープレイ状態の世界を。更には、小説、教養書、ビジネス本、雑誌、学術書もネットで公開され、私たちの知的好奇心を存分に満たしてくれる。より良い機能やデザインを持つ製品は今よりもずっと安くなる。

 現在流通している小説は青空文庫のようにネットで無料閲覧可能になるし、学術書もネット図書館のような形で公開される。映画やアニメ、ドラマは動画サイトで公開される。ゲームやアプリは無料でダウンロード可能になる。優れた製品のコピー品が市場に参入し、価格を引き下げる。薬は安価になる。

 

・知的財産制がない世界はどのようにしてあるか?

 

 一般大衆は広告を閲覧することで無料でコンテンツを楽しみ、クリエイターは付加価値を加え続け、富裕層は付加価値を購入する。創作物は二次利用・二次創作されることにより、豊かに発展する。

 さまざまな発明は公開・共有されるか、有志が製品を解析して公表する。

 例えば現在でも、私たちはYouTube上で無料の音楽・動画・ライブを楽しんでいる。ミュージシャン、動画制作者、ライバーは次々と新しいコンテンツを生み出し、広告収入を得る。更に、アルバムやグッズなどの有形財を販売したり、オフラインイベントを開催したり、固有の価値を持った商品(特定の人に向けたサインや音声メッセージ)、投げ銭などによっても収入を得る。裕福な人はそれらを購入する。更にはBGM利用、二次創作(歌ってみた・踊ってみた・MADムービー・実況)や切り抜きなどの形で、より新しい文化や二次元世界が生まれ、多くの人々に伝達している。

 加えて、言語やボタン・車輪など、誰も特許を持っていない発明は山のようにある。git hubでは無料のプログラムが公開されるし、無料のOS(Linux, Ubuntu)、無料の3D制作ツール(blender)、様々なアドオン(拡張機能)も公開されている。

 

・仮想世界の(例えば)漫画はどのようにしてあるのだろうか?

 

 自由な社会では想像外の発見や発明があるだろうが、一応の素描を試みたい。

 まず、漫画家の多くは、オンライン上のプラットフォーム(以下PF)で創作物を発表するようになるだろう(例えばブログ、漫画公開サイト、twitter、Youtube)。これにより、一般大衆は無料で漫画を楽しむ。漫画家は、常にPFを比較しながら、より多くのPFでより多くの作品を発表し、より広告収入や閲覧数が得られるように努力する。更に、有形の漫画本やイラスト、オフラインイベント参加券、サインを作成し販売することもできる。ファンは漫画本を購入することで、一般大衆と差別化を図ったり、有形のイラストやポスターを鑑賞したり、その材質にこだわったりできる。ファンは二次創作漫画や、アニメ、3Dモデル、解説・考察動画などを作成し、その漫画をより豊かにし宣伝する。

 PFは無断転載により漫画数を増やすことができる。そのような場合にもPFは競争するか?

 PFは先行して漫画を公開することで、より多くの利益を得る。更に、漫画家および漫画の多いPFはより多くの一般大衆を惹きつけ、より多くの利益を得る。そこで、PFは漫画家に対してより多くの広告料を支払い、一般大衆のより長い滞在を獲得するインセンティブが発生する。

 

•   疑問

 

 第三者が勝手に漫画本やグッズを制作・販売することができる。そのような場合、漫画家に利益が還元されないのではないか?

 無料公開されている漫画をわざわざ買う人は、その漫画のファンか転売者である可能性が極めて高い。従って、ファンは、漫画家本人が利益を得る有形財を購入するインセンティブを持つ。

 仮に、ファンが漫画家本人の利益にならない有形財を購入するならば、その制作者は、材質やデザインにおいて新たな価値を生み出している。しかもこの価値は、著作権があったならばこの世に発生しない付加価値である。なぜなら、著作権がある状態では、漫画家(や代理人)が公認した有形財しか存在しないからである。

 漫画家の収入は減少するのではないか?

 PFや漫画家、読者の関係によるから断言はできない。実際の影響を測定するには実験するしかない。

 しかしながら、その比較は、海賊版サイトと取締りのいたちごっこ状態の現在と、比較されなければならない。海賊版サイトの撲滅のコストと、著作権廃止のコストも比較されてしかるべきだろう。また、印税を得ている漫画家と、それ以外の人々との利益。著作者の利益と二次利用・創作の抑制コストも衡量されるべきだろう。

 漫画家の意に反する創作物(設定崩壊やエロ・グロ)は放置すべきか?

 まず、漫画家は、漫画の公開に際してガイドラインを発表できる。そのガイドラインに反する二次創作は、ファンから猛烈な制裁(炎上)を受けるし、一般大衆もそれに賛同する。これによって、漫画家の意図は果たされる。炎上してもガイドラインに違反し続ける二次創作者は、そもそも著作権を気にしないので規制のしようがない。

 更に、漫画家は、独占販売や二次創作禁止の利益と、二次創作者に対して支払う二次創作禁止料とを、比較検討できる。

 

・一方で、知的財産制度がある世界ではどうだろうか?

 二次創作は常に刑事罰のリスクを負っている。二次創作者は著作者の許可なしに利益を得られない。海賊版サイトで漫画が公開されても、漫画家には広告料が支払われない。海賊版サイトの利用者はウイルスやマイニング、懲役、罰金のリスクを負う。知的財産制度による事務コスト、管理コスト、訴訟コスト。時代に合わせて柔軟に法律改正できない議会。

 私見では、(制度を廃止するかどうかは横においても)問題だらけのように思える。

•  思考実験

画像
ジョン・ロック

  仮想の計算装置を想像してほしい。その装置は、技術上デジタルで表示可能な無数の画像データを計算し、記録する。
 そのうちの一枚は、この画像[ジョン・ロック]と全く変わらないほどの出来栄えである。とすれば、将来創作されるであろう漫画のコマのほとんどは、画像データとして計算機が記録されていることになる。このような計算機を発明した人は、その後発表される全ての漫画に対し著作権を主張すべきだろうか?

 あるいは創作性がないとして著作権を認めないべきだろうか?装置により記録された画像データが、発明家が人生をかけて発明した創作物の一部だったとしても。

 かつて、一般には踊ってみた・歌ってみた・実況・MAD動画・二次創作漫画・イラスト・コスプレが低俗で創作性のないものとして扱われ、その存在が削除されていた。将来世代にとっては、知的財産制度がどのように認知されているだろうか?

 

おわりに

 さて、分量が大きくなってきたので、いくつかの記事に分けようと思う。次回からは、知的財産制のない世界で、教育格差・少子化・女性・医療・学者・クリエイター・環境・企業独占、等がどのようになるか考えたい。

 本稿では漫画に話題を絞ったが、他の創作物でも同様に考えられると思う。

 知的財産制度をなくすためには、法制度の面においても、条約・外交の関係上、改革には制約が多い。加えて、引用元を示すことは、二次創作物・研究から、元ネタ・原著・元研究・元データへのアクセスを容易にするので望ましいと思われる。従って、引用元を明記するように動機付けるデフォルト・ルール(強制的でない法)やナッジであれば私も賛同したい。そうした場合は、懲役や罰金などの制裁ではなく、炎上といったネガティブ・サンクションにより実効性が担保されるだろう。特に研究分野で剽窃をした者は、研究界から永久追放されるはずだ。

 

参考

森村進、「知的財産権に関するリバタリアンの議論」、https://kokushikan.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=10777&item_no=1&attribute_id=189&file_no=1、(確認 2022-04-30)。

首相官邸、「政策会議」、https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/index.html、(確認 同上日)。

首相官邸、「デジタル・ネット時代における知的財産制度のあり方について」、https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/digital/dai1/pdf/siryou5.pdf、(確認 同上日)。

青空文庫、https://www.aozora.gr.jp、(確認 同上日)。

大学院生。