2021年に眞子が皇族の身分から離れることができたのは、小室圭との結婚というただ一つの回路を通じてのみだった。そしてその選択でさえも、相手の身元や家庭環境を世論が執拗に詮索し、「わがまま」「身分をわきまえろ」という言葉によるバッシングの場となった。このことは、皇族女性にとって天皇制から自由になるとは、誰かと結婚することしかないことを意味しているし、離れたところで国民から向けられる眼差しは変わらない。それ以外の形で制度の外に出る道は、実質的に存在しない。同様に、愛子が現在担わされている役割も、本人が選んだものではない。生まれた瞬間から血統によって身分を割り当てられ、その役割を粛々と果たすことを求められ続ける。そこに個人的な意見を表明する権利はない。婚姻の自由も職業選択の自由もなく、血統に縛られた役割を強制されるという構造は、ここに今も続いている。
こうした問いは、現在進行する皇位継承論争の中でも依然として深まっていない。「愛子天皇」待望論を語るリベラル・左派の多くが拠り所にするのは、「天皇(愛子の父親)がそう望んでいる」という推測と「国民の多くが支持している」という多数派の感情である。しかしこれは天皇制という制度への批判ではなく、天皇の意思と国民の総意を引き合いに出してシステムを正当化する、天皇制の強化と延命への身振りにすぎない。悠仁への継承という現行の道筋にしても、生まれた瞬間から皇族の血を継ぐ存在として役割を定められるという問題そのものには向き合っていない。愛子か悠仁かという問いは、どちらの側に立っても、制度そのものへの問いを脇に置いたままでは、誰かの人生を制度の道具として扱うことから抜け出せない。
一方、日本共産党は綱領において天皇制の存廃を「国民の総意によって解決されるべきもの」としている。一見すると、これは民主主義的な手続きを重んじているように聞こえる。しかし実際には、国民の多数派の現状維持的な感情に判断を丸投げすることで、批判を無期限に先送りにしているにすぎない。血統と性別によって個人の人生が前もって決まってしまうという、今この瞬間も続いている問題は、いつ来るとも知れない「国民の総意」の形成を待つ間に、国民というナショナリズム的な枠組みから常に排除される存在を生み出し続けている。
ひるがえって、教条的な天皇制批判も別の問題を抱えてきた。その関心の中心は昭和天皇の戦争責任やアジアへの侵略の歴史に向けられ、日本の加害の責任を告発することが運動の主な身振りとなってきた。アジアへの侵略・加害責任を問うこと自体は正当かつ必要であるし、基本的な反天皇制の議論の原点にあることは疑いようもない。しかしこうした左翼の決定的な問題は、そのラディカルさの追求が、誰を「変革の主体」として想定し、誰を後回しにしてきたかという点にある。
この問いは、新左翼の歴史そのものが示している。たとえば全共闘運動において、女性活動家たちは電話番・炊事・逮捕者への救援といった補助的な役割に押し込められ、発言権も指導的立場も男性が独占していた。口先では「革命」を掲げながら、運動の内側では社会と変わらないどころか、むしろ「権力対策」として組織的に隠蔽されるような性差別と性暴力が温存されていた。田中美津が「革命家きどりの男たちも古い男とまったく変わらない」と断じ、「便所からの解放」というマニフェストをもってウーマンリブを立ち上げたのは、まさにその矛盾への応答だった。帝国主義・資本主義・階級支配を鋭く批判する言語を持ちながら、性や身体に課された役割強制は「運動の大義」のもとで不問とされてきた。
この問いは1970年代で終わったわけではない。1990年代以降、性別だけでなく、人種・出自・セクシュアリティ・ジェンダー・障害といった複数の条件が重なり合って人々の生を縛るという認識が広がるにつれ、「誰の解放を語っているのか」という問いはより鋭く問われるようになった。日本でも同時期、夫婦別姓や性教育、男女共同参画をめぐるバックラッシュが激化し、女性や性的マイノリティへの攻撃が公然と行われた。左翼がこの状況に正面から向き合う力を持てなかったのは、古典的な枠組みから思考が抜け出せなかったからではないのか。クィアな人々、障害を持つ人々、移民労働者、そして天皇制の内側に幽閉された人々の経験は、2000年代以降もなお付随的・副次的なサブカテゴリとして扱われ続け、その排他性こそが今日の左翼の閉塞を招いている。
アジアへの侵略責任を前景化することについても、同様の構造がある。「加害者としての日本」を告発することで、告発する側は道徳的に正しい主体として自らを位置づける。そのなかでアジアの人々の経験や語りは、日本の左翼が自らの純粋さや批判的意識を確認するための鏡となる。
この「自己批判」が深まるほど、逆説的に日本人としての自己への関心ばかりが強まる。どれだけ加害の歴史を語れるか、どれだけ自分たちの罪責を引き受けられるかというその問いは、いつのまにか批判の深さによって自らの道徳的優位を証明する競争へと変質した。「私たちはここまで自己批判できる」「私たちはこのようなスローガンを掲げて連帯できる」というアピールが運動のアイデンティティの核心を占めるようになるとき、それはもはや変革のための手段ではなく、批判する主体の正当性を担保するための儀式となる。
この構造のなかでマイノリティは二重に道具化される。一方では、日本の左翼が自らの自画像を確認するための鏡として機能することを求められる。他方では、「正しい被害者」「連帯に値する闘士」という像に収まることを暗黙のうちに要求される。その枠に収まるかぎりにおいて可視化されるが、はみ出す声は運動内部の団結や連帯を乱すものとして排除され、沈黙する態度については主体性に欠けているとして批判の対象となる。自己批判を深めれば深めるほど批判する側の自己像は純化されていくが、マイノリティ自身の経験や声はその過程で視野の外へと押しやられていく。鏡に夢中になっているあいだ、鏡の向こうにいる人間は見えないのである。
そして目の前で今も作動している制度的抑圧への問いは、ふたたび遠くへと押しやられていく。過去の加害に対する告発は必要だ。なぜなら、他者を血統や民族によって序列化し、個人の生を国家の道具としたあの構造こそが、今もなお形を変えてこの社会を縛り続けている抑圧の原点だからである。そればかりか、過去の加害をなかったことにしようとする歴史修正主義や、かつての支配を正当化する開き直りの言説は、現在進行形で続いている差別や排除、抑圧を「伝統」の名のもとに温存し、正当化する態度と完全に一体である。過去の加害を徹底して問うことは、これら現在進行形の地続きの支配を切り崩すためにこそ求められる。しかしその告発が、今この瞬間に誰かの人生を縛り続けているシステムから目を逸らすための身振りになっているとすれば、それは批判ではなく単なる免罪なのではないか。
「嫌なら皇族から出ていけばいい」「特権を捨てれば済む話だ」という言葉を、左翼の側から耳にすることがある。しかしこの言葉が見落としているのは、皇族とは「出ていく」という選択肢を実質的に持てないように、長年にわたって強制的に育てられてきた存在だという事実だ。生まれた瞬間から特定の役割の中で育てられ、その枠を当然のものとして内面化するよう求められ続けた人間が、「では出ていきます」と言えるとする浅はかな想定は、抑圧がいかに人の主体性そのものを形成するかという問いを無視している。これはシステムによる犠牲を、個人の意志の問題にすり替える語法である。劣悪な職場で搾取される労働者に「嫌なら辞めればいい」と言うことと構造的に何が違うというのか。「特権に甘えているだけ」や「皇族の人権を問題視するのは権力勾配を無視している」などという言説は、その「特権」がいかなる不自由と引き換えに与えられているかを問わない限り、天皇制そのものへの批判ではなく、単なる感情的な断罪と憂さ晴らしにしかなりえない。
婚姻の自由も職業選択の自由もなく、生まれた瞬間から血統に縛られた役割を強制されるという構造への批判を「特権側への感情移入」と切り捨てるとき、制度によって何が奪われているかという問いは不可視化される。それは左翼が階級の問題には怒れるのに、性や身体への役割強制の問題を後回しにし続けてきたからに他ならない。「抑圧されている側に立つ」と言いながら、自分が日常的に誰かに役割を押しつけていることへの問いは持てないし、その矛盾を指摘されると「感情移入」「天皇主義者」「反動」などとレッテル貼りをして終わりにする。こうした一連の抑圧に同時に異議申し立てを行うという視点は、左翼運動の内部でながらく脇に追いやられてきた。変革を叫ぶ運動こそが、内側では最も古典的な権力構造を再生産し続けている。この問いから目を逸らし続けてきた結果が、運動内で得た古い遺産とわずかなポジションにいつまでもしがみついている、今日の左翼の絶望的な延命形態とも言えるだろう。
さて、以上のような問いを引き受けるための新たな概念として、ここでは「皇族解放」という視座を提起したい。これは決して天皇制を擁護する言葉ではない。天皇制の廃絶を、外側から排除されてきた人々だけでなく、内側に閉じ込められてきた人々をも含む解放として構想するための思想である。
確認しておくべきは、天皇制が課す拘束の具体的な中身だ。皇族女性は結婚によって皇籍を離脱できる。しかし皇族男性にはその道すら存在しない。悠仁は望もうと望むまいと、将来天皇となることが制度上定められている。結婚相手の女性は子を産むことを事実上求められ、生まれた子が女子のみであれば皇位は継承されない。かつて側室制度のもとで複数の女性に「産む役割」を分散させていたものが、現在は皇太子のたった一人の妻に集中している。「女性は子を産む機械」というグロテスクな言葉が、冗談や比喩ではなく制度の現実として作動している場所が、この国の象徴天皇制の中核にある。
天皇制は過去の侵略の象徴であるだけでなく、現在においても身近に生きた抑圧のシステムとして作動し続けている。そしてその抑圧は、皇室の中だけで完結しているわけではない。夫婦同姓の強制、同性婚の禁止、「正常な家族」の形を国家が定義し管理しようとする一連の制度は、天皇制が体現する血統・性別・家庭の論理と地続きだ。婚姻と家庭は、国家が私たちの生に介入するもっとも身近な回路であり、誰と結びつき、誰と家族になり、どのような形で生きるかを、国家が承認し管理しようとする装置として機能してきた。夫婦同姓を強いられることも、愛する人と法的に結婚できないことも、皇族女性が結婚以外の方法では制度の外に出られないことも、根っこでは同じ問いに連なっている。国家が「正しい家族」の形を決め、それに従わない者を排除し、従う者だけを包摂して管理するというシステムの、それぞれの表れである。
だからこそ「皇族解放」という問いは、皇族だけに向けられたものではない。血統主義と性別役割と異性愛規範を憲法に位置づけられる国家制度の中心に据えることは、より広い社会における差別と役割強制の正当性を支えることにつながる。血筋によって人の価値と役割が決まるという論理を国家の象徴として維持し続けることは、職場での性差別も、出自による序列化も、「産む性」への期待の押しつけも、すべてを当然のものとして受け入れさせる土台となっている。天皇制が「国民統合の象徴」として機能するとは、この秩序を社会全体が内面化し、それぞれが自分の「あるべき位置」を疑わずに受け入れていくことへの勧誘でもある。制度の頂点に置かれた人々の不自由を問うことは、その制度が社会全体に張り巡らせてきた支配の構造を問うことと不可分である。
「皇族解放」なき「人民の解放」はありえない。誰かが誰かを支配し、血統と性別と出自によってあるべき位置と宿命を割り当て、婚姻と家族の形を国家が管理するシステムそのものを解体することこそが問われなければならない。解放の主体は、あらかじめ決まっているわけではない。制度の外に置かれてきた人々も、頂点に縛りつけられてきた人々も、「正しい家族」の形に収まることを強いられてきた人々も、その解体の過程でともに解放されなければならない。
必要なのは、新たに誰かが代表し誰かが従うという統治の論理ではなく、それぞれが自らの場所から、今この瞬間の抑圧に向き合うことである。同質的な議論の殻に閉じこもり、目の前で今も誰かの人生を縛り続けているシステムの内側からは目を背けたまま「人民の解放」を叫ぶ反天皇制論は、その閉鎖性ゆえに同じ場所を何度も堂々巡りしながら、自らが解体しようとしているはずの抑圧の構造を内側から再生産し続けている。それは「廃止の後」に何を構想しているのかという問いにいまだ答えていないし、その先にはいかなる解放も存在しない。
(佐波伶人)
