三里塚全国総決起集会参加報告

 10月11日に千葉県成田市で開催された三里塚全国総決起集会に参加しました。本稿はその報告記事となります。

 三里塚全国総決起集会は、三里塚芝山連合空港反対同盟(以下、反対同盟)が主催する集会・デモです。成田空港の建設開始から現在に至るまで、三里塚地域を中心に空港周辺の用地は日本国政府ないし実質的にその傘下である成田国際空港会社(NAA)によって買収ないし強制収用の対象となっています。政府は完全に土地を掌握しきれておらず、未収容用地の周囲に強引に空港を建設しています。当然、それだけに留まらず、滑走路の新設・延伸のために「第2の開港」と称して強制収用が検討されています。政府としては発着数の増大が悲願とされています。

 しかし、なぜ東京から離れた三里塚の地に国際空港が設置され、さらなる設備増大が計画されているのでしょうか。成田空港の歴史は羽田空港の事情が大きく関与していますが、まずは三里塚近辺の歴史を時系列で説明しましょう。まず1000年以上昔から三里塚周辺地域は馬の牧用地として利用されており、明治維新後、政府によって宮内庁管轄の御料牧場が創設されます。また、牧畜と並行して開墾も進められ、第二次世界大戦によって帰る場所を失った引揚者(※沖縄戦で故郷が焦土と化した沖縄出身者含む)らもいました。開拓者らは貧相な生活を強いられ、長い時間をかけて土地を豊かにしました。一方、東京に所在する羽田空港(※当時は羽田飛行場)は第二次世界大戦後、GHQの管轄となり、空港の拡張のため約1200世帯、3000人に対して48時間以内の強制退去を周辺住民に課し、不当な強制収容を実行しました。いわゆる、「羽田48時間収用」です。その後、「主権」がGHQから日本国政府に移管され、羽田空港は日本国政府の統制下に置かれますが、羽田空港西側に存在する米軍横田基地周辺の空域(通称、横田空域)による航路の制限や、発着枠の自由裁量がなく他国政府の裁量が強いという特徴があります。東京周辺の人口と需要増大に耐えきれず、代替地として検討された地域の1つが三里塚です。成田空港建設計画の実行以降、政府による横暴な収用とそれに反対する諸勢力の対抗が発生し、成田闘争へと発展したのです。

 以上のように、成田空港は政府による自己所有権の侵害と惨禍(戦争、荒廃)によってつくられた空港であり、反リバタリアン的だと言わざるを得ません。課税によって武器を調達し、人々を徴兵し、土地を収容し、戦争を引き起こし、多くの人々と財産を毀損することは明確な危害です。特に、農民自身の開墾によって育まれた農地の収用は労働とその成果物の略奪にあたります。何人も何のいわれもなく人身及び労働の成果物を損壊・略奪されることがあってはなりません。このような災いを止め、国家なき社会を実現するために、私たちリバタリアン社会をめざす青年学生は集会に参加したのです。

 私たちはリバタリアン社会主義者連盟と連帯し、行動に望みました。集会では各団体のスピーチがあり、すべてのプログラムを終えてデモに出発しました。デモは各団体、各参加者が各自で自由にコールするアナーキーの様相があり、日本列島地域でよくある画一的なデモではありませんでした。私たちは強制収用反対、戦争反対、国家廃止、反対同盟との連帯をコールしました。デモ後は交流会を催し、結束を強め、翌日のリバタリアン連合のデモに備えました。

 以上報告となります。今後も、国家主義社会からリバタリアン社会の到来のために闘争に参加します。
 私たちの活動に興味がある方は以下のメールアドレスから連絡をお願いします。なお、(at)を @ に置き換えてください。

ysls.libertarian(at)gmail.com

(リバタリアン社会をめざす青年学生)