リバタリアン党の原爆言説

 アメリカのリバタリアン党は2023年8月7日に、第二次世界大戦で広島・長崎に投下された原子爆弾の従来的言説を糾弾するツイートを行った。
 https://twitter.com/LPNational/status/1688336773028454400

 原爆投下に対して、「人命、特にアメリカ人の犠牲を減らすためにやむを得ず投下した」と居直る言説が存在する。功利主義によれば、それはそうなのかもしれない。犠牲者の数が減ることは、総効用の低下を緩和させるからだ。しかし、リバタリアンは純粋な功利主義者ではない。功利主義的なリバタリアン思想の正当化が存在したとしてもだ。

 リバタリアン党の歴史認識として、①1945年5月時点で(例外条項はあるが)日本はアメリカに対して降伏の申し入れをしていたこと、②禁輸政策によって日本の石油は枯渇しており、1945年7月時点で日本海軍は主たる作戦を実行できず戦争継続が困難になっていたこと、③米軍の将軍の中には原爆の不使用を求めた者がいること、④原爆の使用目的はアメリカ人の命の救済よりも、ソ連に対する示威であったこと、⑤原爆投下は軍拡競争、軍産複合体の誕生、そして冷戦を引き起こしたこと、を挙げている。

 上述の認識を踏まえ、リバタリアン党は、①原爆が何百万の人命を救い、原爆を投下しなければ日本が降伏しなかったこと、②原爆は道徳的に正当化されないことの以上2点を拒絶した。「これらは、アメリカ政府による明らかなテロリズムの行使による、市民の大量虐殺を正当化するための神話である。」また、最後にリバタリアン党は、二度と広島・長崎のような悲劇があってはならないと強調した。

 リバタリアンは戦争に対して、核兵器に対して、どのような態度をとるのか。当然、反戦・版核兵器である。戦争は自己所有権の最も明示的な破壊行為であり、核兵器は多くの無辜の人々を傷つけるだけに留まらず、土地や文明を超長期の未来に渡って破壊してしまう。リバタリアンは、戦争と核兵器を直ちに止めなければならない。

 「すべての戦争を終わらせるための戦争」は、より新しく、より悲惨な戦争の始まりでしかなったと、衆目に晒された。すべての戦争を終わらせるためには、国家権力と徴税を廃止しなければならない。国家は不当にも暴力を独占するため、奔放に軍事力を行使可能だ。一部の人々はシビリアン・コントロールによって国家の暴力に対処しようと務めるが、そもそも、国家主導の民主制は一部の大資本家の手の上で踊らさているだけである。彼ら/彼女らは「公共の福祉」の名の下に個々人の自己所有権を破壊し、資本財と消費財を自らの懐に納めるのだ。徴税はこの破壊と収奪をより容易にするために行われる。質の悪いことに、税を奪われた人々(納税者)は、税を消費する階級(消税者)になろうと試みる。しかし、それこそがまさに大資本家/自己所有権の破壊者の目論見であり、人々を納税・消税という階級に分け隔て、消税者に仕立て上げ、人々を自己所有権の破壊者に仕立て上げるのだ。

 リバタリアンが直ちにできることは、戦争を止め、核兵器を廃絶することだ。

(友花優香)