本記事は、2023年6月15日SFL Japanの第2回ウェビナー『Introduction to Ayn Rand and Libertarianismアイン・ランドの紹介とリバタリアニズム』の内容を振り返りつつ、アイン・ランドとSFLの関係など幅広く記述する。
スピーカー紹介
リバタリアン起業家で、ARCJ日本アイン・ランド協会の正会員、チャイナウォッチャーの内藤明宏さんをお招きして、基礎的なリバタリアニズムとランドの作品や思想に関してのレクチャーをいただいた。
国家と人権の危機?
私自身去年、ARCJが東京大学駒場キャンパスで開催していた公開講演会「自由世界で人権のために戦う意義を問う」に参加したことを思い出した。中国、ロシア、北朝鮮といった権威主義国家の個人の権利の侵害には異議を唱えていかなければならないかもしれないが、そういった国家以上に、日本政府による人権の侵害(特に財産権の侵害)に対しては関心があまり払われていないのではないかという問題意識もある。これは平和主義を標榜する左翼の方々も憂慮すべきことである。米国アイン・ランド協会のヤロン・ブロック氏の言葉を借りるのならば、自国民の人権を蹂躙する国家は他国民に危害を加えることに対しても罪悪感を持ちようがないためである(1)。
録画動画のご案内
事前に24人ものの応募をいただき、SNSでも多くの方が共有してくれたようで第一回の時よりも少しずつでも知名度の上昇を感じた。ウェビナー時間は一時間を予定していたが、ITチームの不手際もあり、Facebookでのライブストリーミング配信ができなかったため、急遽Zoomレコーディングという形態をとることになった。Students For Liberty Asia PacificのFacebookアカウントにアップロードされているので、ぜひご覧いただきたい。
アイン・ランドを知る意義とは?
今回のテーマはアイン・ランドとリバタリアニズムである。このような粗いテーマ設定にも関わらず、スピーカーを引き受けていただいた内藤さんには感謝してもしきれない。この場を借りて改めてお礼申し上げます。
『リバタリアン』第3号で長谷川氏が指摘したように、ヨーロッパ、アメリカのリバタリアニズムのカンファレンス、会合においてアイン・ランドの存在感には目を見張るものがある(2)。ランド自体がコンテンツであり、ブースなども充実している。日本においてアイン・ランド研究の第一人者でもある藤森かよこ氏も指摘している通り(3)、彼女にまつわる多数の陰謀論の本が出版されている。確かにランドの著作の翻訳者でもある、脇坂氏も述べているように米国の保守主義者、リバタリアンにはランドの影響を受けている人物が多数存在する(4)ため、陰謀論の対象になってしまうのは仕方のないことなのかもしれない。
いずれにせよ、全世界のリバタリアンと共通のベースで話すためにも、ランドの考えに賛同するかしないかは別にして、アイン・ランドという人物の存在、考えを念頭においておくことは必須であるように思われる。
アイン・ランドの考えを広めるインフラストラクチャー
SFLのイベントでもオブジェクティビズム(5)月間と銘打って企画することもあり、頻繁にアイン・ランドがテーマのイベントは開かれている。さらに、Students For Libertyにもプロメテウス・フェローシップPrometheus Fellowshipが2022年より開始した。今年度は、東アジアから2名が今年度は選出された。このプログラムは非常に野心的であり、一人の生徒に対して4万ドル以上の投資を行い、選抜されたメンバーは高度な哲学教育やメンター制度、リーダーシップなどのベネフィットを受け取れるだけではなく、毎セミスター毎に500ドルのボーナスも受け取ることができる。2022年度は36か国、320名の応募から50名のコーディネーターが選抜された。2023年度は、東アジアからは2名が選出された。このフェローシップを提供しているプロメテウス財団(Prometheus Foundation)(6)が、ランドの考え(オブジェクビティビズム)を広めることに協力、援助する団体である。それ以外にも先ほど引用したヤロン氏が代表理事長を務めている米国アイン・ランド協会(Ayn Rand Institute)、そのアイン・ランド協会から分離したアトラス協会 THE ATLAS SOCIETY なども存在する。学生向けの教育プログラムや奨学金も充実しており、日本との規模の差を伺うことができる。
日本でアイン・ランドの名前を聞くことは殆ど聞くことは稀である、余談になるが、私が大学で履修していたアメリカ文学の授業や文化論の授業でも一切出てくることはなかった。
ウェビナーの意義?
これらを踏まえると今回のウェビナーの価値も少しは伝わるのではないだろうか。
ウェビナーの構成としては、おおまかにいって①リバタリアニズムについての概説②アイン・ランド、オブジェクティビズムの紹介③リタバリアニズムとオブジェクティビズムの相違点、同一点④質疑応答である。
まず、SFLのボードアドバイザーも務められており、米国のリバタリアン系のシンクタンクであるケイトー研究所の上席研究員であるDavid BoazのThe Libertarian Mind: A Manifesto for Freedomを参考にしながらリバタリアニズムの中核原理を説明いただいた。
ボアズは自然権からリバタリアニズムを正当化しており、社会契約論や帰結主義をとる論者とは根拠づけの仕方が異なる。このあたりが、統一見解があるオブジェクティビズムとの大きな違いであるようだ。また政治思想と分類法として、リバタリアン党の創設者でもあるデビット・ノーランが考案したノーラン・チャートの有用性を強調したい。2軸でみることの重要性はもちろんのこと、個人の自由も、経済的な自由も軽視した権威主義の行きつく先は全体主義であると示しており、日本の右派、左派の言い争いを踏まえてみると、非常に秀逸な図であることが伺えよう。また、ポリティカルコンパス(7)などを使い自らの立ち位置をはっきりさせるという指摘も非常に有意義である。自分自身を納得させるだけでなく、客観的な指標として対外的にも大きな意味を持つ。
オブジェクティビズムはリバタリアニズムより広範な思想であり、認識論、形而上学までその領域は及ぶ。芸術論にまで及んであるという話はとても印象に残った。そのような違いもあり、オブジェクティビストとリバタリアンは外から見れば親和性が高く、一括りに攻撃されることも多いが、緊張関係にあるといえる。
ランドを読む前にできること
ランドは敷居が高いという指摘がある。確かに値段も本のボリュームもなかなかのものである。ランドの思想を知りたいという観点からなにか一冊読むとするならば『肩をすくめるアトラス』を読むことを薦めたい。また、『アンセム』は、ページ数が少なく、簡潔でディストピアものとしても読めるため、入り口としておすすめできるのではないかと思う。また、ランドの著作へのステップとして『1984』をお薦めいただいた。全体主義の恐怖からの反動によって、考え方が変わるということも往々にしてある。作者のジョージ・オーウェルはリバタリアンではないが、彼の著作は全体主義の恐怖を克明に描き出している。しかし、この世界は既に支配が完了した後で、主人公のウィンストンが強大な力に屈服するのみである。その点ランドの『肩をすくめるアトラス』は、政府による強制、規制が強まっていくが、起業家たちの反撃までを描いており、『1984』のような一方的な統制では終わらない。その意味では痛快といえるかもしれない。
また、小説ではなくエッセイの中では「本来の政府」「個人の権利」が本質をついており特におすすめである。近々別のエッセイの翻訳が出版される予定もあるようである。
最後に
欧米のリバタリアンだけでなく、ほかの地域でも多様な教育プログラムやサポートを通してランドの考えは広がっている。その意味で英語と同じようにアイン・ランドは共通言語といえる。そのため、我々が彼女のことを理解することが必要だと思われる。しかし、リバタリアンとオブジェクティビストは緊張関係にあり、オブジェクティビストの中でも方向性の違いやランドへの考え方の違いで分派もしているため多少の注意が必要である。
最後に今回のスピーカーである内藤さんからのアドバイスを引用して締めくくりたいと思う。ランドの著作を読むうえで、アイン・ランドの思想を理解してやるぞと意気込んで読むのではなく、一つの長編小説を読むのと同じ感覚で『肩をすくめるアトラス』を読んでみてはいかがだろうか。
(いとう ひかる Students For Liberty Regional Coordinator)
注釈
(1)このブログからは講演会の様子もアップされているので、よろしければみていただきい。 https://aynrandjapan.org/column/4160/ 2023年6月17日確認。
脇坂あゆみ(2022)「自由世界で人権のために戦う意義について」日本アイン・ランド協会
(2)長谷川裕子(2023)「LibertyCon 2023 に参加しました」リバタリアン協会(2023)『リバタリアン』第3号。
(3) 藤森かよこ(2016)「アイン・ランドと新自由主義」『都市経営』No.9, pp.17-33.
(4)脇坂あゆみ(2016)「トランプを支えるアイン・ランド信者の正体」東洋経済オンライ ンこちらも参照されたし 脇坂あゆみ(2015)「日本人が知らないアメリカ的政治思想の正体」東洋経済オンライン
(5)オブジェクティビズム(客観主義)は、アイン・ランドの思想体系。アカデミズムでは無視ないし軽視されているが、アメリカのオールド・ライト、保守主義、リバタリアニズム運動の原動力の1つとなった。
(6)プロメテウスファウンデーションhttps://prometheusfdn.org/
(7)ポリティカルコンパス https://www.politicalcompass.org/