リバタリアン運動が活発になるにつれ、リバタリアンを自称する国家主義者たちが目立つ様になってきた。特に最近は、リバタリアンの皮を被った国家主義者による、インボイス制度への賛同が目立った。このような混乱した状況において、首尾一貫したリバタリアンの見解を示しておくことは有意義であろう――もっとも、この記事を読むような物好きはリバタリアンしかいないだろうが。
さて、リバタリアンを装う国家主義者は「消費税は比較的に中立な税」であるとか「免税事業者の益税をなくすべき」などと訴えている。しかし、このような主張は「比較的中立な強盗」だとか「強盗の被害に遭っていない人間も略奪されるべきだ」と言っているのと同じくらい馬鹿げている。むしろ、リバタリアンはインボイス制度の廃止を、もっと言えば、消費税それ自体の廃止を望む。究極的には、全ての課税と政府支出の廃止を望む。
自己所有権を侵害するインボイス制度
自然権を奉じるリバタリアンの立場からすれば、自己所有権は普遍的な道徳的権利であり、それを侵害するような法や制度は不当である。自己所有権によれば、各人は自分の身体と能力の道徳的に正当な所有者であって、他者に危害を加えない限り、それらを自由に行使する権利を有する。課税はこの基本原則――自己所有権――を必然的に侵害する。よって、インボイス制度や消費税はもちろん、すべての課税は不当である。
穏健なリバタリアンの中には、国家が必要不可欠だという考慮から、ある程度の規模の政府の存在はやむを得ないと考える人がいる。しかし――国家が必要不可欠かは括弧に入れておくとして――どれほど穏健なリバタリアンであっても、現在の政府の財政規模を擁護することはできない。当然、これ以上の政府の拡大はなおさら擁護できない。インボイス制度は、現在の免税事業者に対する実質的な増税である。というのは、今まで免税事業者だった者が課税事業者に登録した場合には、政府に消費税を納めなくてはならなくなり、登録しなければ、取引先の税負担が重くなる可能性があるからだ。さらに、政府の税収は増え、民間の事務作業の負担も増えると推測されている。従って、インボイス制度の導入は、政府による自己所有権の侵害を拡大することに他ならず、財政確保を理由としたインボイスの肯定は正当化し得ない。
また、「消費税の市場に対する影響は他の税に比べて中立である」として、インボイス制度の導入を肯定する人がいる。確かに、例えば消費税10%の単一税制は、現在の税制よりも小さな悪かもしれない。しかし、誰に対しても等しく適用される消費税10%を目指したところで、他の税目が減税・廃止されるとは限らない。結果として、インボイス制度の肯定は増税の肯定にすぎない。インボイス制度は市場への影響を拡大する。
中立税という考えの誤り
中立税の主張には、より致命的な欠陥がある――中立な税は存在しない。これを考えるにあたって、次の問いは役に立つ――政府の課税と支出について、誰が負担し、誰が利益を得るのか?カルフーンの分析によれば、社会には二つの集団が存在する――納税者と税消費者(the taxpayers and the tax consumers)である。後者は、いかなる計算方法を採用したとしても、税金を支払うことはできない。「いやいや、政治家や官僚だって税を支払うではないか」という反論があるかもしれない。しかし、その税金は受け取った収入、つまり税金から支払われる。税の両者に与える影響が中立でないことは明らかである。
さらに考えられなければならないのは、民需から官需への移転が生じるということである。言い換えれば、諸個人や企業から政府へ、課税をした分だけ、消費と貯蓄・投資の需要が移転する。政府は支出を行うので、これは課税の帰結である。話を簡単にするために、政府が食料分野に課税し、軍事部門に支出したとしよう。食糧分野の需要は減り、軍事分野の需要は増える。この影響により、食糧分野の収益が下がり、食糧生産に用いられる資源を減少させる。軍事分野の収益は上がり、軍事部門に資源を吸収する。食糧分野の収益が減少した結果、資源が流出した食糧分野の供給は低下し、価格の上昇をもたらす。このように、課税収入は政府支出と併せて考慮されるべきであり、政府は分配を通じて市場に影響を及ぼす。
警察・司法や、ベーシックインカムのような一律的な再分配であっても、課税が市場に異教を与えるという結論は変わらない。というのも、市場においては、自発的にサービスや財が交換される一方、政府による分配は強制を通じて行われるからだ。フランツ・オッペンハイマーは、人々が欲望を満たす方法に着目し、市場と国家を区別した。前者は市場における他者との自発的な生産と交換、後者は暴力的な他者の富の収容である。課税は、徴税権力による富の収奪である以上、必然的に市場の働きを妨害する。
あらゆる課税が市場に影響を及ぼすとすれば、課税額(及び政府支出)が増えれば増えるほど、市場への影響は大きくなる。市場の見地からすれば、一律30%の所得税よりも、5%〜20%の累進課税の方が、市場への影響は少ない。低所得者は30%の所得税よりも5%のそれを、高所得者は30%の所得税よりも20%のそれを望むだろう。従って「より中立な税」があり得るとすれば、より少ない税のことを意味する。
まとめると、課税は中立ではあり得ず、課税額と政府支出の増大は市場に対する介入の増大を意味する。
消費税の分析
「消費税の免税は、免税事業者に消費分多く儲けさせる益税だ」という理解は誤りである。まず明らかな前提として、消費税の直接の納税者は事業者である。消費者が市役所に行って納付しているわけではない。とはいえ問題は、事業者が商品価格を引き上げることによって、税負担を消費者に転嫁できるか否かである。免税事業者は消費税を理由とした価格の引き上げを行い得るのか?
結論から言えば、消費税を売り手から買い手に「転嫁」することはできない。免税事業者に消費税を課したり、取引先にその負担を負わせるインボイス制度は、単に彼らの収益を減少させるだけである。というのは、価格は「生産コスト」によって決定されるのではなく、需要と供給によって決定されるからだ。企業は、最大の収益を得るように価格を決める(同時に市場の競争原理は、最も低い価格で商品を売るように導く)。市場が評価するよりも高い値を付けることは、収益を減少させることにしかならない。もし仮に、事業者が価格に消費税を単に上乗せして、消費者に消費税を転嫁できるのであれば、事業者は増税を待つまでもなく価格を引き上げたであろう。従って、消費税を消費者に転嫁することはできず、消費税は事業者の収入を増やす手助けにはならない。
「益税」という誤解は、110円の商品価格に100円の「価格」と10円の消費税が含まれている、と誤解されるような表示がされていることによる。しかし、110円こそが価格であって、100円は価格ではない。100円は税引き後の金額である。もし仮に、売り手が税負担を買い手に転嫁できるとすれば、まず生産者が消費者に税負担を転嫁し、次に消費者である労働者が雇用主に税負担を転嫁し、と延々と続き、誰も税を負担しないことになってしまう。
消費税はむしろ、事業者や企業の収益を低下させ、労働者の所得を減少させる。雇用者は、収益の低下によって、労働者への支払いを減少させるか雇用の追加をやめる。最低賃金が設定されている場合、収益の低い企業は給与を支払えず、従業員を解雇するか廃業する。ここで、「転嫁」という語には、企業が大した苦労もなく消費者に負担を押し付ける、という含意があることに注意されたい。企業は収益が減少しており、追加の労働力を投入できないことによる損失を被っている。
労働者はより高い所得を求めて、他の分野へ流出する。あるいは、労働へのペナルティによって余暇を好むようになる。労働者が、所得の減少を補うためにより長時間働くこともあり得るが、その場合には余暇というサービスを失うことになる。この意味で、消費税は所得税の一種である。
確かに、課税が財の供給を減少させ、商品の価格が上昇し得ることは事実である。しかし、それは消費税の上乗せではない。あくまでも、需要と供給によって価格は決定される。消費税による供給の減少が価格上昇を引き起こす。このことを理解する人は、国家主義的資本家が消費税の増税を提唱する理由を理解する。消費税が競争力の低い限界的な事業者を市場から追い出し、大企業は補助金を獲得し優位な地位を獲得するのだ。
まとめると、消費税は、消費者に転嫁されず、さまざまな経路で負担をもたらす。第一に、企業・事業者の収益を消費税額分だけ減少させる。第二に、労働者の所得を減少させ、その減少分は消費税から成る。第三に、需要と供給への干渉による価格の変化を限界的な企業や消費者が負担する。一方で、政府の構成員や、補助金を受け取った企業や分野、国家主義的資本家は相対的に潤う。「益税」という概念は単に「窃盗の不在」を意味するに過ぎない。
さいごに
インボイスをめぐる言説で、穏健なリバタリアンの主張は誤りであるどころか、政府の拡大を支持する結果となった。思うに、これは政治・経済への理解の欠如が原因である。どのような理解が必要かは明らかだ。すなわち、全ての課税と政府支出は市場を歪め、自己所有権を侵害する。従って、リバタリアンは全ての課税と政府支出に反対しなければならない。全ての課税と政府支出の即時廃止を求めよ。そうすれば、ゆっくりと減税と支出削減が行われるだろう。
(中条やばみ)
参照
Murray N. Rothbard (2009), Man, Economy, and State with Power and Market, html edition, https://mises.org/library/man-economy-and-state-power-and-market/html, 2023/11/07確認。